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私が夫と結婚してから数年間は、私も非正規ではありましたがそれなりに仕事をしていました。

 

貯金もそこそこありましたので、新車の購入も現金でできましたし、年に1度はふたりで旅行にも行っていました。

 

ですが、子どもが生まれてから状況は変わりました。

 

 

夫婦でよく話し合った結果、今の自分たちにとって「子育て」が一番の大仕事だとの結論にいたり、私は仕事をやめて専業主婦になりました。当然のことながら、私の収入がゼロになった分、家庭全体の収入額も減ってしまいました。

 

加えて子育てにはお金がかかりますから、共働きの頃と同じ生活はできなくなりました。

 
代わりに、私は家にいる時間が増えたので、可能な限りどんなものでも「手作り」に徹し、ひと手間かけることで出費を減らす努力をしています。

 

 

たとえば子どものおやつです。スーパーの店頭にはいろいろなおやつが並んでいますが、どれも結構な値段がするものです。手作りすれば材料費も少なくて済みます。

 

 

また、我が家の子どもは女の子なので、おやつ作りにも興味や関心を示してくれ、楽しそうに手伝いをしてくれます。

 

最近のブームは、電子レンジでつくるカスタードクリームです。同じく手作りしたロールパンに切れ込みを入れ、クリームを挟んで「クリームパン」にしていただきます。子どももおやつの時間を楽しみにしてくれているようで、作る側もはりあいがあります。

 

手作りの楽しさを子どもに伝えられること、できたてのものを家族みんなで美味しくいただくことは、お金には代えられない豊かさだと思います。

 

 
共働きの頃は、経済的には楽でしたが、いつもバタバタしていたように記憶しています。

 

 

心も体も余裕がなくて、どこか疲れていました。今は経済的には厳しいですが、子どものことや家の中のことに目を向ける余裕ができました。気持ちにも余裕が出てきたように思います。

2016年11月6日 / rryng

「子どもが小学校に入る前には家を建てたいね」結婚当初から夫とそんな話をしていました。そういった経緯もあって、我が家は子どもが幼稚園の年長のときに、家を新築したのです。

 

それと同時にローンの支払いが始まりました。ローンについては、それまでの生活費などを考慮した上で、月々の返済額・ボーナス時の返済額をともに計算して決定しました。計算上は無理なく返済を続け、余裕のある生活が送れるはずでした。
しかし、現実はそうではありませんでした。というのも、まず土地や家屋を所有していると毎年、固定資産税を支払う義務が生じてきます。これが我が家にとっては大きな額でした。加えて、地震保険・火災保険にも加入することになりました。

 

 

やはり何かあったときのことを考えると、加入しないわけにもいきません。さらに、それまで住んでいたアパートに比べると住宅の面積も広くなりましたから、光熱費も(今までよりも)かかるようになりました。

 

 

狭いですが、庭に芝生を敷いたので、水道代も上がってしまいました。様々なことに少しずつお金がかかるようになり、何とかローンの返済は滞りなくできているものの、生活に余裕はなくなってしまいました。
子どもが小学校生活にも慣れた頃、私もパートタイムの勤務をはじめようかと思ったこともありました。ですが、小学校には夏休みや冬休みなどの長期休暇があります。

 

我が家は一人っ子なので、私の仕事の間はひとりで留守番をすることになってしまいます。

 

 

もともと、子育て環境をよりよいものにするために住宅を購入したのに、そのしわ寄せが子どもにいってしまうことに違和感があり、パート勤務はあきらめました。

 

 

住宅の購入と同時に、金銭的には余裕のない生活が始まってしまいましたが、代わりに、生活そのものや子育ての環境はより良いものになりました。

 

 

今は、手に入れたこの家で家族3人、身の丈にあった楽しい生活を送りたいと思っています。

 
借金返済

 

時代的にお金を借りやすい環境が整っているからこそ借金返済まで意識をしてやり遂げる必要があると思います。

 

一般的に債務整理は最終手段であり、多くの借金返済問題の場合には適用できないからです。

/ rryng

私は当時では珍しいシナリオが学べる専門学校に通わせてもらいました。片親で裕福ではないにも関わらず、母親は文句ひとつ言わず学費を出してくれました。

 

今思い返してみれば工業系の高校を卒業したのですから、ある程度の資格は取得していたので就職して母親を助けていく選択肢を取らなかったのだろうと若干の罪悪感もあります。ですが当時はどうしても映画関係の仕事に就きたかった事もあり、その専門学校に通う事が自分の全てと浅はかに思っておりました。

 

 

しかし卒業すれば、大手も中堅もも小手も映画関係の仕事は大学卒業が必須でした。めげずに面接を繰り返し就職も決まらないまま卒業して、「無職」という肩書で新生活をスタートさせました。

 

 

そこからのらりくらしとして2ヵ月ほど、母親からアルバイトくらいしろという当たり前の一言。

 

 

2ヵ月の無職期間で精神が少しばかり蝕まれた私は、とりあえず好きなものに囲まれた仕事に就きたいと思い、数社の書店の面接を受けました。

 

 

若さのお陰か面接した数社が受かり、アルバイト生活が始まりましたが、書店業は結構な力仕事。怠け癖のついた私の体力は毎日ついていくだけで精一杯でした。なんとか1か月勤務することができ、給与明細を頂きました。

 

 

「あれだけ働いたのだからそこそこ・・・」と淡い期待は額面をみて吹き飛ばしました。初任給10万円以下・・・当時の書店勤務の時給は690円でした。

 

 

働く事・稼ぐ事が如何に大変かを切実に感じることが出来ました。私がアルバイトをはじめてからすぐに母親が自宅の階段から足を滑らせ、右足を骨折。一年間仕事を休まなければいけなくなり、母親は失業となりました。

 

 

失業保険が若干でるものの、二人で生活するには心許なく。私は意を決して仕事をもうひとつ増やし、朝から夕方までは書店のアルバイトと夜は映画館の常駐警備の2足の草鞋を履く事になりました。ふたつの仕事をすることで母親の回復までは苦しいながらも生活は続けられ、母親も一年近くかかりましたが無事に回復。

 

 

再就職の方もできました。私は掛け持ちを5年ほどして、書店の正社員に採用されました。ただ夢が諦められず、今は退職してしまい、フリーランスで様々な仕事をさせて頂いております。

 

 

若い頃は自分が優柔不断で親に迷惑をかけてお金に困る時期も長くありましたが、そこを抜け出すにはやはり決意と後ろを振り向く暇を持たない事だと今は思います。

/ rryng

お金が無いことで苦労することはとても多いです。

僕には家族があり、妻と子供1人がいます。

しかし、会社の給料もそれほど多くないので休日の買い物などで妻や子供に好きなものを買ってあげれないのに不甲斐なさを感じることが多いです。

残業代も出ないのに、職業柄サービス残業を強制で命じられることも多いので、妻と喧嘩する時もあります。

しかし、仕事は多いですが、全てこなすことが出来れば定時で帰っていいという社内の空気もありますので、そこで頑張って帰ることも出来ます。

家族に好きなものを買ってあげられない生活は嫌なので、これからの僕の目標は会社で評価されて給料を上げてもらうようにすることです。

その為に、仕事を最速で終わらし、質を上げ、かつ上司の仕事をサポートできるようにしています。

 

僕は常々思うのですが、お金とは「可能性」だと思うのです。

 
お金が無ければ好きな服や、好きな映画や、好きな本や、好きな車、何も得ることや体験することが出来ません。

 
お金は幸せの全てではない。と昔から言われていることですが100%ではないだけで70%~80%を占めていると思います。

 
貧乏のほうが幸せであるはずが無いのです。

 
なので、今僕の人生は「いかにしてお金を得ることが出来るのか」などを常に考えています。

 

会社で評価されて給料を上げてもらうのもその1つです。
上司の仕事を手伝いし、評価され、査定に響き給料を上げてもらうなど。
他にも副業で稼ぐ事も出来ます。

 
僕の仕事は広告代理店でデザインをすることですので、ネット上でデザインを依頼されるような仕事があるので、今は細々とですがお金を得ることが出来ます。

ある意味ですが、お金が無いことによって、一生懸命稼ぐ方法を考えるので、充実した人生が送れているのかなと最近では思っています。

2016年10月30日 / rryng